2013年10月29日火曜日

いつの間にか友達が少なくなった。

いつの間にか友達が少なくなった、という人が多いのではないでしょうか。
仕事関係で会社勤めをしている人に多いと思うのですが、
私は会社勤めをしております。
そうすると会社の人間と一日の大半を過ごしています。
ではその会社の人間とは友達かというとそうではありません。
もちろん友達ではないとはいえ、社会人としては関係性をもっています。

友達が多いか少ないかは、結局のところ出会いが少ないか多いかに依存するのではないでしょうか。
つまり私たちが学校に通っているときにはそこで、自分が望もうが望むまいが、多くの人と交わることを強制されます。そこで多くの人は、1人や2人の友人ができるはずです。

会社でも人に嫌でも一緒にいなかればなりませんが、そこでは友人関係は生まれにくいです。会社では上下関係、利害関係が学校生活とは比べ物にならないくらい存在しているからです。その中では友達関係はなかなか作ることは難しいのではないでしょうか。

では、学校時代に作った友人はどうなっていくかというと、多くの友人たちは去っていきます。
去っていく、という表現は正確ではないかもしれません。
去っていくというより、自然と消えていく、がいい表現かもしれません。
去っていくとは、友達から自然に自分のもとから去っていくという、友達の能動的な行動がある感じです。
しかし、私は自然と消えていくという感じがぴったりくるような気がします。
何かの関係性を維持していことすると、何らかの維持活動を必要とします。
家でも人が住んでいない家はすぐに風化してしまいます。
でも人が住んでいれば、生活感のある住居で居続けます。

友人関係も常に維持活動をしなければ、自然と消えていってしまいます。
維持活動とは、メールや電話、ときどき実際にあって飲んだりすることです。
そうしないと、連絡することすら面倒になり、次第にその友達の存在も忘れてしまいます。

まあ、無理して友達関係を維持しなくてもいい、という意見もあるでしょう。
自然に消えるような友達なら消えてしまっても、それは必要性がなかった、ということもいえます。

ただ、こうして友人が少なくなってしまうと、
そのような自然淘汰を許容していいのか?という寂しさもあります。
過去の時間は、過ぎ去った時間ですが、確かに過去に存在していましたし、
その過去で友人と過ごした時間があったはずです。
その時間を無為にしたくはないです。

と、ここまで書いてくると過去にしか目を向けてないような気がします。
しかし、もう一つ、友人がいなくなるという自然淘汰を防ぐ方法があります。
それは新しく友人を作ることです。
もう時間がなくなってきたので、今回はここまでで。

0 件のコメント:

コメントを投稿